なりたち
南部牛は、いまの岩手県北部から青森県にかけての旧南部藩で、物資輸送や農耕のために飼われていた日本在来種の牛です。江戸時代、三陸海岸の海産物や塩を盛岡に運ぶ牛方たちが、荷を積んだ牛を追いながら歌った「南部牛追唄」は、いまも岩手の代表的な民謡です。南部藩の記録「南部藩雑書」には、1649〜1651年(慶安2〜4年)に、いまの青森県下北半島や岩手県北部で南部牛から搾乳し、竹筒に入れて盛岡城まで運んだという記録が残っています。これは、徳川吉宗が現在の千葉県南部にあった嶺岡牧で白牛の飼育を始めた1727年より70年以上前にあたります。
日本では
南部牛にアメリカから輸入したショートホーン種を交配して改良が進められ、昭和32年(1957年)に日本短角種として登録されました。
